雲南 新平県戛洒鎮
(2回目)





■再度 戛洒(がさ)へ




 1998年の9月、既にこの雲南省新平県戛洒鎮(新平彝族イ泰族自治県)には瀘沽湖の後に訪れています。しかしこの時は1泊のみで慌ただしいものでした。
その時の戛洒鎮は1泊の慌ただしい訪問でしたが花腰タイ族の小姐が民族衣装を着てカメラの前に立ってもらいました。その素晴らしい花腰タイ族の民族衣装は忘れがたいものでした。また戛洒の素朴な人々とその日本の原風景を思わせる地理的条件(戛洒は山間部にありしかも元江沿いの町でなだらかな丘陵地帯の中にあります)からは、風情はまるで昔懐かしい 日本の田舎の風情そのものです。私は昔から雲南に日本の人情と原風景があるのではと夢想していましたが 今回ここを再訪してこの思いを満喫する事が出来ました。私にとってここ戛洒は桃源郷でした。

この戛洒を知ったのは偶然で、前回の訪問で旅行に誘っていただいたY氏が写真好きでこの花腰タイ族の民族衣装を着た小姐の撮影の為の訪問に同行して知りました。Y氏にとっては写真の被写体としての戛洒と花腰タイ族であったわけですが 私にはここの風情が日本の原風景と人情に極めて近い物を感じたのでした。最初にここ、戛洒を見つけたのは昆明の旅行社のガイトのTさんで1998年9月の前に下調べに一度訪れています。そし9月に私たちと同行し、今回私が再訪するという事で1999年8月に公安関係の調整の為にも訪れています。
結局 Tさんは日本人がやってくる前に訪れる事になってしまうようで結局4回も戛洒を訪問しています。
当然 Tさんもガイドですから無料では調整してはくれませんので6月の三峡旅行の時にはその為の費用は渡してありました。この費用で本番と同じ、運転手のSさんと共に新平県城で外国人の宿泊についての根回しをしてくれていました。戛洒は1997年に開放地区となったばかりですので、それなりに注意しないと公安から目を付けられるのは何かと困ります。6月の三峡の時のような事はやはり避けたいと思います。

そして今回 民泊を希望していたのですが これも1泊のみですが花腰タイ族のお宅に宿泊が出来ました。


今回の所持品はビデオカメラがNV-DJ1、それにインスタントカメラのフジのチェキ(フィルム80枚)、一眼レフのミノルタ707Siです。

【お断り】戛洒でお世話になっている小姐の静止画はここに掲載するのを気にしているようですので今後 「ちよっと」だけとなります。



登場してくる人物は略称です。

  Tさん    昆明の旅行社の日本語ガイド
  Sさん    北京ジープの運転手さんです。
  T1さん   招待所で働く花腰タイ族の小姐です。
  T2さん   花腰タイ族の小姐 大変お世話になりました。
  T3さん   花腰タイ族の小姐 戛洒の製紙工場で働いています。




旅の主な日程



  1日目 成田から広州へ JD255 広州から昆明へ
  2日目 昆明から玉渓、新平県城、戛洒へ
  3日目 戛洒 T,Sさん戛洒滞在
  4日目 戛洒 T,Sさん戛洒滞在
  5日目 戛洒滞在 一人
  6日目 戛洒滞在 一人
  7日目 戛洒滞在 一人
  8日目 戛洒滞在 一人
  9日目 戛洒から Sさんと元江、昆明へ
 10日目 昆明 黒竜澤 民族村 電脳城
 11日目 昆明  花博
 12日目 昆明
 13日目 昆明から広州へ、成田へ JD254




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